◆第308回行事・アーカイヴス(2019年8月)

★南丹・美山茅葺の里歩き

 

●数少なくなってきた「日本の原風景」ともいわれる茅葺屋根を、集落を挙げて維持・保全されてきている「北」集落の現状を観ます。

 

コースJR日吉駅~(バス)~北・茅葺きの里~(バス)~日吉駅 (徒歩区間約3km)

【コース地図(北集落:破線)・国土地理院発行1:25000地形図「中」】

コース地図茅葺きの里Ⅱ25000中(図中の左クリックにより拡大)

◇南丹市                                   

平成18年(2006)1月1日に、当集落を含む二つの郡に跨って、北桑田郡美山町と船井郡園部町・八木町・日吉町が平成18年1月に合併して「南丹市」が誕生しました。いわゆる「平成の大合併」です。京都府下では2年前の京丹後市以来となる新市の発足で、翌年には木津川市が発足しました。      

市域は東西に長く、京都府を南北に区切るような形で、日本海に注ぐ由良川と、太平洋に流れる桂川の分水界があります。京都府下では京都市に次ぐ面積を持ち、美山地区は豪雪地帯です。                                  

◇美山・茅葺きの里           

・現代では数少なくなった「茅葺き屋根」(茅=ススキ[芒]))民家がたくさん遺存しています、否、住民の『努力によって遺されている』集落です。近年は観光対象として有名になり、毎日多数の観光客が訪れており、住民有志の方々によるいわゆる「ボランテイア・ガイド」のサービスまで実施されています。この集落は平成5年に36番目の「重要伝統的建築物群保存地区」指定されており、19世紀初頭から中頃にかけて、建築されたものが多く、「切妻造り」と「寄棟つくり」の融合型である、独特の「北山型入母屋造り」として造られています。平均的には屋根の尾根を押える「千木」(チギ)は5組ですが、1軒だけ屋根が長く7組設置されている家があります。

P1050207【美山・茅葺きの里:北集落遠景】                  

 P1050201【美山・茅葺きの里】茅葺きの里遠景_長除橋上

・屋根を葺き替えるのに必要な「茅」(=ススキ)は、集落として近くの由良川対岸で栽培していますが、量的に不足しており、集落外からの購入も進んでいるそうです。

P1130544③葺き替え中【千木が珍しく七組を載せる民家・茅葺き屋根の葺き替え作業:北】

・「家屋」は「村中持山」(惣山)の共有林から刈り出した用材で築造され、民家の6割が茅葺きを維持していますが、葺き替え作業は町内の茅葺き専門職人に依存しており、かつては40年に1度の「葺き替え」で良かったものが、が20~30年に1度になりつつあり、このことも費用が嵩む原因の一つになっています。これは、現代の民家では囲炉裏で材木を燃やして煙を屋内で出すことが無くなり、虫害が進むことに因るそうです。

・なお、集落全体において、茅葺き屋根の火災被害を最小限に止めるために、ほぼ各戸に1機の「放水銃」が、小型の「寄棟造蓋」で覆った小屋として設置されています。

IMG_0718放水銃【放水銃小屋(BOX)】

◇茅葺山村歴史の里 民俗資料館(旧伊助家建物・南丹市美山町北)

・江戸時代・18世紀中頃建築の農山村住宅で、主屋・倉・小屋から成ります。平成に一度焼失して再建されました。

P1050179茅葺山村歴史の里・民俗資料館

茅葺屋根の葺き替え

〔茅葺の材料〕 

・当地区(北集落)では、茅葺のことを「くず屋葺」とも言い、茅、麦わら、麻の軸木(おがら)を組み合わせて屋根を葺いていました。一番重要な材料である茅にはオガヤとメガヤがあり、オガヤは集落の周辺に、メガヤは山の高いところに自生しています。メガヤの方が茎が細く、穂が短いため緊密に葺けるので、材料として適しています。最近では茅場が少なくなり、その確保に苦心しています。

・茅は11月から雪が降るまでの間に刈り取り、径30cmほどに束ね、それを10束余りまとめ、円錐形に立てておきます。

これを「カヤタテ」と言って、翌年の3~4月まで屋外で乾燥させます。「茅場」は集落の東南端と西南端に確保されていますが、当集落で刈取れる量だけでは不足しています。

IMG_0027茅場【茅場(栽培・乾燥)】
・茅の分量は、「締」(シメ)と「束」(タバ)があります:「締」というのは4mの縄で結んだ茅の分量をいいます。「束」はそれぞれが適当に束ねたもので、一束の大きさはまちまちです。このため正確な分量を伝えるときは、「締」で表現するのが普通です。ちなみに1締は15~30束ほどに相当し、屋根全体を葺くためには概ね250~300締の茅が必要となります。

〔茅葺の技法その1〕
・下地(足場)ができると軒先から葺きはじめます。まず、おがらをシタジ(下地)竹の上に並べ、わら縄で竹に直接編みつけていきます。その上にわらを2把ずつ並べ、オサエ竹で押さえて、わら縄でレン(槏:下地となる縦に並べた丸太)としばりつけます。さらにその上に短いかや(キリカヤ:先4分、元6分に切ったかや)を置き、長いかやを乗せ、オサエ竹で押さえてわら縄でレンと結びます。この作業を「軒付け」といい、このように作られた軒先は50cmほどの厚さとなります。
・「軒付け」以降は茅だけで葺いていきます。キリカヤ、ナカオサエ(短めの全長のかや)、キリカヤ、オサエ(長めの全長のかや)を順番に積み上げて、その上をオサエ竹で押さえて、わら縄でレンと縛り付けていきます。これを繰り返し棟まで葺き上げていきます。

〔破風について〕
・茅葺き屋根には四角形の「平入」(大間)と三角形の「妻入」(小間)があり、「破風」は「小間」(こま)の上端にある部分です。

風通しや、かつての囲炉裏の煙出しの為に、元は丸い穴が空いていただけでしたが、茅葺き家屋の建築が始まった200年ほど前から破風にも飾り付けをするようになりました。単に丸い穴ではなく、家紋を彫ったり、懸魚(けんぎょ・げぎょ)を付けたりするようになり、当集落には8種類・5系統程度の家紋が施されています。破風の家紋には、最多は輪鼓紋で11軒中6軒、それ以外では鶴の丸、光琳鶴の丸、隅立井筒、梅鉢などがあります。千木は、7組を載せる1軒を除いて他は5組が載せられています。

・「懸魚」(げぎょ・けんぎょ)とは、建築装飾の一つで、中国や日本の建築で,破風の下部内側またはその左右に六葉の金属製や木製の栓で取付け,棟木や桁の先を隠すための飾り板。形により梅鉢懸魚,獅目懸魚,かぶら懸魚,三花懸魚などの種類があり、当初魚をつるしたような形でした。

【破風各種:家紋は集落東半では5系統あり、懸魚を設えてある家屋が多い。同じ家紋の民家はお互いに同族であろう】 

IMG_0008②破風懸魚IMG_0010②破風IMG_0011②破風懸魚

IMG_0012②破風懸魚IMG_0006破風懸魚IMG_0025②破風懸魚

IMG_0026IMG_0007破風懸魚

 

破風の家紋は、最多は輪鼓紋で10軒中5軒、それ以外は鶴の丸、光琳鶴の丸、隅立井筒、梅鉢など

 

◇知井八幡神社  (南丹市美山町北)

・当社由緒では、平安時代の延久3年(1071)に知井之荘9カ村の惣社として創建されましたが、永禄10年(1567)の大洪水で流失したので、元亀3年(1570)当地に遷って再建されました。現本堂は江戸中期・明和4年(1767)の再建で、本堂欄間・木鼻などの彫刻は秀逸です。

IMG_0020知井八幡神社本殿【知井八幡神社本殿】

IMG_0022②八幡神社あ桁間彫刻IMG_0023②木鼻彫刻_知井八幡神社

【木鼻造形・桁間彫刻・知井八幡神社】

 

◇長除橋  (ながよけはし・南丹市美山町北)

・「茅葺きの里」を見渡すことができる、茅葺の里南側の由良川に架かる橋です。川の土手の高さであるため、当集落の遠景を見渡すのに絶好の位置にありますが、10年近い間に茅葺きの民家が減っ て、今様の建物が増えつつあります。しかし、茅葺屋根を新しく葺き替えている民家が望めるのは少し安堵感も覚えます。                茅葺の里Ⅻ長除橋①③【長除橋】

 

 【参考文献】

  1. 南丹市編:「茅葺の里」、南丹市ホームページ、2018
  2. 茅葺山村歴史の里 民俗資料館編:「美山・茅葺きの里」、2010

201983日催行・案内/編集:宮﨑信隆】

 

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