◆第299回行事・アーカイヴス(2018年11月)

★山ノ辺の道に沿って(帯解~奈良)

●「山の辺の道」に纏わる悲恋物語を伝える「日本書紀」では、5世紀末に石上の豪族・物部氏の娘・影媛が、時の権力者によって殺された恋人の死を嘆き、ひとり泣きながら山の辺の道を北へ駆けていったといわれています。 今回は、帯解~破石町間約9kmを探訪します。

【コース地図(帯解~奈良:太破線):国土地理院発行125000地形図「奈良」・「大和郡山」】

(図上の左クリックにより拡大)

実施コース地図帯解_奈良25000奈良

コースJR帯解駅*~帯解寺*~八島地蔵尊~太師堂・(圓照寺*)~崇道天皇陵~式内嶋田神社~白山比咩(ひめ)神社**~八阪神社~白毫寺*~新薬師寺*~高畑町(解散:以後、自由行動・奈良公園~近鉄奈良駅)  (約9km)

◇帯解寺   (華厳宗・子安山:奈良市今市町)

●JR「帯解駅」東北方200m程にある「帯解寺」に向かいます。周囲は民家に囲まれた集落の中にあります。

IMG_0002JR帯解駅の跨線橋】

●寺伝では、元は「霊松庵」といい、空海の師・勤操によって開かれた「巌淵千坊」の一坊であったと伝わります。文徳天皇の染殿皇后・藤原明子には、長く子供が生まれず、春日明神のお告げで本尊「帯解子安地蔵菩薩」(木造地蔵菩薩半跏像:鎌倉時代作・重文)に祈祷した後、間もなく懐妊し、惟仁親王(後の清和天皇)を安産された。天皇は喜んで、天安2年(858)に伽藍を建立して寺号を改め、無事に帯が解けた寺「帯解寺」とした、と伝わります。

帯解寺表門【帯解寺正門(菊紋入)】

●更に、安産祈願の寺として、徳川秀忠正室・崇源院の安産祈願、徳川家光・側室お楽の方が祈願して竹千代丸(後の四代将軍家綱)を安産で授かり、仏像仏具などを寄進、近年では、美智子皇后・雅子皇太子妃・秋篠宮紀子妃殿下・三笠宮家・高円宮家にも安産の腹帯を献納しており、今も全国から多くの人々が安産祈願に訪れます。

◇八島地蔵尊・太師堂・圓照寺(臨済宗妙心寺派・普門山:奈良市山町)

●「帯解寺」より東南東方へ600m程進み、国道169号線を越えると、町並は無くなり緩やかな斜面の続く農地となり、彼方此方に溜池が見えます。その一つ「龍王池」の北西角を左折して、赤い鳥居のある森の中の山道を進むと、「八島地蔵尊」石像が中心に祀られる地に出ます。更に進むと左手西側に多数の石仏とともに祠「太師堂」(奈良市山町)が祀られています。  

IMG_0017圓照寺太師堂【圓照寺太師堂】IMG_0024八嶋地蔵尊【八島地蔵尊の祭祀場】

●「圓照寺」は、後水尾天皇の第一皇女・文智内親王の創建と伝わる尼寺で、斑鳩の中宮寺、佐保路の法華寺と並ぶ大和三門跡の一寺です。元は、京都に草庵を結んだのが始まりとか。後に大和八島に、更に寛文9年(1669)に現在地に移されて、「山村御殿」とも呼ばれるようになりました。華道「山村御流」の家元としても知られています。門内拝観は不可ですので次へ進みます。

◇崇道天皇陵(奈良市八島町)

●「圓照寺」門前から西へ300m程進んで右折して竹藪の中を200m程進むと溜池の前へ出ます。池の北側には「崇道陵」が見えます。

IMG_0025溜池の向こうに崇道天皇陵②【崇道天皇陵】

●早良親王は藤原種継暗殺に連座した疑いを受け、延暦4年(785)に廃嫡して、a淡路國に配流の途上、49歳で死去し、屍は淡路に送られ、最初の墓は淡路に造営されました。しかし、霊が祟りをなしたと怖れられたため、延暦19年に「崇道天皇」と追尊され、淡路の墓も山陵とし、淡路國国津名郡の戸2烟に守らせました。さらに延暦24年には改葬司を任じて八島陵へ改葬されました。

●なお、本陵の陵域は、「延喜式」の「諸陵式」では「東西五町(約545m)、南北四町(約436m)、守戸二烟」、『奈良県報告』第8回御陵墓表では「東西壱町壱分弐厘(約109m)、南北参八間壱分七厘(約69m)」とされているようです。

◇式内嶋田神社(奈良市八島町)

●「崇道天皇陵」前より400mほど東方へ進むと、曲り角近くに「嶋田神社」が西向きに鎮座しています。

●「嶋田神社」の祭神は神八井耳命、崇道天皇(早良親王)で、(延喜)式内小社、旧社格は村社でした。明治18年(1885)頃、当社と崇道天皇社が鎮座していたとされる現「八島陵」の地(前記)を、早良親王(崇道天皇と追贈)陵として整備することが決まり、明治19年に崇道天皇社神体と社殿を下付され、現在地に二神合祀の形で移築されました。元来、本社殿は、宝永6年(1709)に春日大社本社第三殿として建立されたものが、享保12年(1727)に崇道天皇社本殿として八嶋陵地へ移築されたもので、春日大社との因縁が深いことを示しています。

IMG_0031嶋田神社【式内嶋田神社

なお、祭神の「神八井耳命」は神武天皇の皇子とされ、末裔・仲臣子上は成務天皇(第14代・4世紀中頃か・実在性に疑問説も)の時代、尾張國・島田の悪神征伐に功があり、島田姓を賜ったとのことです。

◇白山比咩(ひめ)神社・藤原観音堂(奈良市藤原町)

●藤原集落の中を過ぎて、北側の入口的な処に「白山比咩神社」が西を向いて鎮座します。

●本神社の祭神は菊理媛尊(くくりひめのみこと=白山比咩大神(しらやまひめのおおかみ)で、鶴来に鎮座する加賀一宮「白山比咩神社」の白山権現信仰に基づいて建立されたようで、石燈籠に元禄4年(1691)や寛政4年(1792)銘のものがあるようです。                    

●なお、「白山比咩神社」西方100mほどの処に「藤原観音堂」がありますが、本堂は崇道天皇社拝殿を移築されたもので、平成8年に改築され堂内には室町期に造立されたと伝わる約50㎝高の「木造十一面観音立像」が安置されています。

IMG_0035【白山比咩神社】

◇八阪神社(奈良市押上町)

●「白山比咩神社」から北東方へうねうねと山裾などを進み、自衛隊奈良基地関連施設の間を通り抜けて、東海自然歩道にもなっている山裾を北上し、溜池・新池の堤を進んでていくと「八阪神社」に到ります。

IMG_0044

八阪神社:正面に5社を祀る

●「八阪神社」は、「押上町祇園社」とも呼ばれ、拝殿の扁額には『祇園社』と記されていますが、建武5年(1338)、手掻門北塚に影向があり、託宣によって手向山八幡宮の摂社とされたと伝わります。慶長11年(1606)、寛永19年(1642)、宝永元年(1704)など度々火難にあってはその都度再建されてきました。祭神は、素戔嗚尊、櫛稲田比売命、八柱御子神です。

●東大寺の惣絵図にも、西の築地外に接して祇園社が描かれ、現「辨財天社」と考えられる小社殿も表されているそうで、こちらの祭神は菅原道真、市杵島姫命です。菅原道真は、多数の場所で祀られています。

◇白毫寺(真言律宗・高円山:奈良市白毫寺町)

●奈良東南の春日山連山の裾に沿って進み、奈良まちの東端に連なります。当寺は、山裾を100mほど上がった処に位置していますが、住宅が直ぐ足元まで上がってきています。

●「白毫寺」は、霊亀元年(715)、高円山西麓にあった志貴皇子(天智天皇第7皇子)の山荘跡を勅願により寺としたのが始まりと伝わり、開基は空海の剃髪の師・勤操と伝わります。

鎌倉時代に西大寺の叡尊により再興され、叡尊の弟子・道照が将来し経蔵に収めた宋版一切経の摺本によって、一切経寺とも呼ばれ繁栄しました。

室町時代に兵火で建物が焼失し衰退しましたが、江戸時代・寛永年間(1624~44年)に興福寺の空慶により復興されました。

IMG_0046【白毫寺】 

IMG_0548   

●本尊は阿弥陀如来(重文)で、宝蔵には閻魔王坐像があります。なお、「白毫」は佛の眉間にある白い巻毛のことです。

●境内からは、奈良市街を眺望でき、春は奈良三名椿のひとつである五色椿(県の天然記念物)が咲き、秋には萩の花が境内を彩り、関西花の寺二十五霊場第十八番となっている寺です。

◇新薬師寺(華厳宗・日輪山:奈良市高畑町)

●「白毫寺」から元の「山ノ辺の道」へ戻り、600mほどで「新薬師寺」に到ります。

●寺名の「新」とは「あたらしい」ではなく、佛の霊験が「あらたか」という意味だそうで、奈良時代には南都十大寺の1つになっており、最盛期には4町(約440m)四方の寺地を有し、現在の奈良教育大学キャンパスあたりまでが「新薬師寺」の境内地だったようです。

新薬師寺【新薬師寺本堂】

●当初の東西二基の塔が建ち並び七堂伽藍が整った大寺が平安時代の落雷や台風によりほとんどの建物が消失してしまっていますが、創建から遺存する本堂では、日本最古最大の十二神将立像が本尊の薬師如来像をお守りする様相で並び立ち、萩の寺としても有名です。

●天平寶字6年(762)の「造東大寺司告朔解」(こくさくげ・正倉院文書)によると、当時「造香山薬師寺所」という臨時の役所が存在し、香山薬師寺(新薬師寺の別名)の造営がまだ続いていたことがわかります。

●聖武天皇の病気は2年前の天平17年(745)以来のもので、「新薬師寺」の建立された天平19年頃は小康状態にあったようで、同年9月には聖武の病気平癒のため、京師と畿内の諸寺に薬師悔過*(けか)法要の実施を命じ、また諸国に「薬師仏像七躯高六尺三寸」の造立を命じたそうです(續日本紀)。

●「新薬師寺」の創建は、この「七佛薬師」造立の勅命にかかわるものとみられ、別の伝承では、聖武天皇が光明皇后の眼病平癒を祈願して天平17年(745)に建立したとも伝わります。

IMG_0058

【石垣白壁塀続く高畑町・新薬師寺近辺】

 

【参考文献】

1.奈良県観光局ならの観光力向上課編「帯解寺・圓照寺・崇道天皇陵・八阪神社・白毫寺」、ホームページ、2017.

2.新薬師寺編:ホームページ、2017。

3.奈良市教育委員会編:「嶋田神社本殿」案内盤。

20181117日催行・案内:藤田 清・編集:宮﨑信隆】

サブコンテンツ

このページの先頭へ