■第263回行事・アーカイヴス(2015年11月)

剣尾山

●「大阪のチベット」・「大阪のてっぺん」ともいわれる能勢町ですが、其処に在る「山岳信仰」の山・「剣尾山」は旧「丹波國」との國境にも近い。道中には「能勢の三黒」である「炭」・「栗」・「牛」があちこちに点在しますので、探していきましょう。

【コース地図(赤破線):国土地理院発行125000地形図「埴生」・「妙見山」】(図上のクリックにより拡大)

コース地図剣尾山25000埴生妙見山③

コース阪急・山下駅~[阪急バス]~行者口~玉泉寺~登山口(オート・キャンプ場)~行者堂~行者山(摂津大峰)~風の峠~炭焼窯跡~六地蔵~月峰寺跡~剣尾山~國界石柱(摂津・丹波)~横尾山~下山口~鉄塔~能勢温泉・能勢の郷~[阪急バス]~山下駅 [約7km]

 玉泉寺  (真言宗・青龍山)

元々、剣尾山山上にありましたが、戦国時代の兵火に遭い、里に移ってきたと伝わりますが、修行者、旅人に宿を貸す宿坊、「月峰寺玉泉坊」であったとのことです。本堂の不動明王坐像は元禄9年(1696)・宝山湛海の作で、大阪府指定の文化財に指定されています。■移転して「玉泉寺」となってからも宿坊の伝統は残っており、現在はユースホステルを併設し、敷地内にキャンプ場もあります。

◇行者堂・行者山 (標高469m)

巨岩の群が重畳し、修験道が捨身の行を行う山とされていますが、この行場に修験道の開祖・役小角(えんのおずぬ)が669年に入り、道場草創者になったと伝わります。

剣尾山系より南流する岩谷川、その東の尾根を「行者山」と呼ばれており、付近は東西に走る剣尾山花崗岩帯で、谷筋、尾根に露頭の大岩があります。

行者山本堂【行者堂】 

六地蔵・月峰寺(げっぽうじ)

「六地蔵」は、山頂近くの月峰寺跡近くにあり、室町時代の造りです。

六地蔵Ⅲ②【六地蔵】

「月峰寺跡」は大阪府指定史跡ですが、「月峯寺」は剣尾山山頂に百済僧・日羅が開き、聖徳太子開創と伝わり、山頂から奈良時代の瓦片、平安時代の土器も採集され、鎌倉時代に造立されたと伝わる石造物が遺存しています。藤原公夏筆・縁起(15世紀末)には、七堂伽藍が描かれ、本堂をはじめ一大伽藍があったと伝わりますが、現在は、石積の一部と散在す石仏が遺存するのみです。天文14年(1545)、丹波八上城主・波多野氏の兵火により焼失しました。

■現在の「月峰寺」は慶長12年(1607)、大里に片桐且元により再建されました。

剣尾山 (標高784m)

大阪五十山や近畿百名山にも指定される名峰で、1年を通じて多くの登山者が訪れる関西でも人気のトレッキングスポットである北摂山系の主峰で、飛鳥時代に山頂で「月峰寺」を開き護摩を焚いているとき、不動明王の降魔の剣が降ってきたとの伝説があります。

剣尾山山頂Ⅰ【剣尾山山頂】剣尾山山頂

攝津・丹波國界標石

「明治十年三月建焉」:大阪・京都両府で建立されています。

摂津丹波國界標石Ⅰ明治十年三月建焉両府【攝津・丹波「國界」標石】

横尾山(標高784.9m・二等三角点「土ケ畑」標高:784.8m

山頂直ぐ脇に、二等三角点「土ケ畑」があり、六甲山はじめ多数の山々の展望案内版が設置されています。

横尾山山頂二等三角点標石【横尾山・二等三角点】 

【参考文献】

1.大阪府の歴史散歩編集委員会編:「大阪府の歴史散歩(上)」、山川出版社、1990.

IMG_8784 登攀

【2015年11月3日実施・案内:関谷正次朗・編集:宮﨑信隆】

 

サブコンテンツ

このページの先頭へ