■第209回行事・アーカイヴス(2011年4月)

★六甲全山縦走()いざゴールへ宝殿ゲート~JR/阪急・宝塚駅

●六甲全山縦走の最終回でゴールの宝塚を目指します。スタートの分岐点が最高位置にあり、コースは下り道がほとんどで比較的歩き易く、木々の若葉の道は魅力的です。

◆六甲山あれこれ ◆船坂峠 ◆大平山 ◆大谷乗越 ◆岩原山 ◆譲葉山 ◆塩尾寺 

コース:JR芦屋駅~(貸切バス)~宝殿橋ゲート~分岐点~船坂峠~大平山~大谷乗越~岩原山~譲葉山~塩尾寺~JR/阪急・宝塚駅 (約14㎞)

【コース図(東側赤線):国土地理院発行125000地形図「宝塚」・「西宮」・「神戸首部」・「有馬」使用

(図上の左クリックにより拡大)

204_209回六甲山地縦走ⅤⅥ②

◆六甲山あれこれ

◇「六甲」の呼称略史

・14世紀の南北朝時代に鉄舟徳済(臨済宗夢窓派僧)が有馬温泉滞在中に漢詩集「閻浮集」の中で、『六甲山頭秋日䈎』と詠んだのが「六甲山」と記された最古例で、江戸時代に作成された「篠原村絵図」(現・灘区)に現在の都賀川・杣谷川が描かれ、「六甲谷川」と記されています。

・「六甲」の呼び名は、『ろっこう』ではなく、『むこう』・『むこ』(向こうの意)と読まれていたようです。『むこう』・『むこ』の呼び方は、5世紀の倭の五王時代には王都が河内にありましたので、「(淀)河」の内側としての「河内」に対して、「(淀)川向こうの国」(=西岸・対岸)として「(攝)津の国」が存在し、現・六甲山が『川むこの山』として呼ばれていました。因みに、「川むこ(う)」の名残は、旧「むこ(武庫)郡」、「むこ(武庫)川」に残存し、その河港「むこみなと」(務古水門)、海を「むこ(武庫)の海」(日本書紀・神功皇后条)と呼ばれていました。

・その後、中・近世になって、「むこ(う)の山」が「ろっこう山」に呼称が変わったのは、「六甲」、「六高」の当て字(前記)が後世に影響した結果のようです。

◇六甲山地の断層群・JR新神戸駅高架構造

・六甲山地は複数の断層群から成っていて、北側に「六甲断層」【有馬・高槻構造線】、南側に「五助橋断層」が走っており、宝塚市売布神社付近で合流しています。北東~南西方向に延びるのは、須磨断層・諏訪山断層・五助橋断層・大月断層・芦屋断層・甲陽断層、北西~南東方向に延びるのは北側に多く、十万辻断層・名塩断層・有野断層、「逆断層」としては山地西部の丸山断層・高塚山断層などがあります。

六甲山地周辺の断層

六甲山地と周辺の断層:宮田原図】(図上の左クリックにより拡大)

・JR新神戸駅は諏訪山断層の真上に設置されており、断層上の建物は断層両側の建物と別々に動くように工夫して建てられ、1階の柱と梁の関係に施されています。諏訪山断層は山地と市街地のほぼ境目を走っています。

JR新神戸駅高架構造と諏訪山断層断面図

【JR新神戸駅高架構造と諏訪山断層断面図:宮田原図】(図上の左クリックにより拡大)

・住宅・石垣・排水路などの「亀裂」は手抜き工事・老朽化を除くと、断層に沿う部分に集中的に見られています。地表では断層が明瞭でない扇状地部分に集中しており、地表に見られる「断層の延長」とも言われます。神戸付近の「活断層」の運動速度は年1㎜程度ですが、造成工事などにより上部の土砂を大量に取り除くと、山体に懸っていた荷重が軽減して、不均等な隆起や亀裂を発生する可能性がありそうです。

◆近畿自然歩道<兵庫県>

・「近畿自然歩道」は、多様性に富んだ自然や、各地に点在する古都や寺院に代表される地域の歴史資源を帯状に結び、身近に自然や歴史とふれあえるように設定した「みち」です。この歩道は、近畿を中心とした2府7県にまたがり、太平洋、瀬戸内海、日本海とを結ぶ路線延長約3,300kmにおよぶ全国で8つ目の長距離自然歩道です。

・兵庫県では、主に既存のみちを利用し、四季を通じて手軽に楽しく、また安全に歩くことができるように、総延長約600kmにわたり1日コースを65コース設定し、案内標識、道順を示す指導標識、資源の解説標識、休憩施設などを整備しています。

・今回のコースは「山陽路ルート」の中の「六甲山・大阪湾展望の道」で、六甲山上バス六甲ガーデンテラス・バス停留所~宝塚市・JR宝塚駅の行程(13.6km)中の一部で、西宮市域と宝塚市域がほとんどです。

今回のコースのポイント

宝殿橋ゲート  (標高710m付近:芦有ドライブウェイ)

・今回の貸切バス乗車の終点です。(今回のコースでは、以後、終着点までトイレがありません)

・通常の定期バスは、阪神芦屋・JR芦屋・阪急芦屋川各駅経由で走り、ここに停留所があります。

芦有ドライブウェイ宝殿橋ゲート【宝殿橋ゲート】  

船坂峠 (標高約660m)

・今回の石宝殿~船坂峠~太平山のコースは六甲山の尾根筋をとおるが、船坂峠は尾根筋の北側・有馬街道の船坂(西宮市山口)と南側・同市鷲林寺地区から市中心部を結ぶ谷道の峠です。

六甲船坂峠【船坂峠】 

大平山   (三等三角点・標高681.2m)

・頂上の三角点近くに、NTTドコモ関西の船坂無線中継所が立っていますが、頂上は六甲縦走路から少し北側に外れています。

大谷乗越 (おおたにのっこし:標高520m・西宮市と宝塚市の境)

・六甲尾根筋を南北に横切る西宮市山口地域と同市逆瀬川地区を繋ぐ棚越新道と交差する峠です。

岩原山  (標高573m:宝塚市最高地点)

・六甲縦走路から300mほど北に入ったところにあり、頂上と雖も、樹木で覆われています。

譲葉山   (ゆずりはやま・[東峰]標高514m・宝塚市)

・六甲縦走路から100m弱南へ入ったところにありますが、四つの峰がならんでいます。

(宝塚市測量地図では512.9m [1:2500] と記載されています)

塩尾寺   (えんぺいじ・潮泉山)

・当地を六甲全山縦走の終着点とする考えもあるようです。ここから市街地化しています。

聖徳太子が四天王寺を建立され念仏三昧に入られたとき、はるか武庫山の上に弥陀・観音・勢至の三尊が降臨されるのを感得され、七つの寺々を建立され観音菩薩像を安置されたと伝わりますが、武庫の七寺の伝承では、塩尾寺には十一面観音菩薩が祀られました。

・また、室町幕府第十二代将軍・足利義晴の時代(1521~46年)に、この辺りに住む貧しい一人の老女が悪瘡を患い、身心ともに苦しみながらも月々に中山寺に参り、懸命に信心したところ、ある夜僧侶が夢の中に出て来て「武庫川にある大柳の下(現在の市立宝塚温泉近く)に湧いている霊泉に湯浴みをすれば、病は癒える」と告げて消え去りました。教えられたとおり霊泉を湯にして身を洗っていたところ、日ならずして病は癒えました。この老女の願により、大柳で「柳の観音」「塩出観音」とよばれる観音像が刻まれ、お寺が建立されてのちの塩尾寺となったと伝わります(「宝塚温泉物語」より)。

塩尾寺【塩尾寺】 

【参考文献】

1.坂江 渉:「六甲山の呼び名」、坂江渉編著『神戸・阪神間の古代史』、神戸新聞総合出版センター、2011

2.宮田隆夫:「六甲山の断層」、田中眞吾編著『六甲山の地理・その自然と暮らし』、神戸新聞総合出版センター、1988.

【2011年4月16日実施・案内:関谷正次朗・編集:宮﨑信隆】

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